笑点歴代司会者・座布団運びを写真付きで紹介!

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今回は『笑点歴代司会者・座布団運びを写真付きで紹介!』というタイトルでお送りします。

笑点は長寿番組で今までに司会者・座布団運びが何人も代わってきました。

そんな今までの歴代司会者・座布団運びを写真付きで紹介していこうと思います。

最近の子だと見たことのない人もいると思いますが、偉大な方達ばかりですので興味を持っていただけたら幸いです!

笑点は毎週日曜日の17時30分~18時00分で放送されています。

 

笑点歴代司会者を写真付きで紹介!

『笑点』は1966年5月に、立川談志が企画し当時放送されていた『金曜夜席』を受け継いで放送が始まりました。

番組名の『笑点』は、立川談志が当時の人気ドラマ『氷点』をもじってつけたそうです。

放送始まって50年以上続くすごい番組です!

なんとあのギネスブックに、『世界で最長寿命のバラエティーテレビ番組』として記録されています。

笑点歴代司会者と就任時期は次の通りです。

  • 初代司会者:立川談志  1966年5月15日 ~ 1969年11月9日
  • 2代目司会者:前田武彦 1969年11月9 日~ 1970年12月13日
  • 3代目司会者:三波伸介 1970年12月20日~ 1982年12月26日
  • 4代目司会者:三遊亭圓楽 (5代目) 1983年1月9日~ 2006年5月14日
  • 5代目司会者:桂歌丸 2006年5月21日~2016年5月22日
  • 6代目司会者:春風亭昇太 2016年5月29日

 

初代司会者:立川談志

1966年5月15日自ら企画した『笑点』の初代司会者です。

落語の世界では、毒舌で人気を博したがその言動から反逆児と呼ばれていました。

政界にも進出して参議院議員や沖縄開発庁の政務次官も務めました。

政務次官の初仕事の沖縄海洋博の視察には、二日酔いで記者会見に臨み質疑応答で批判を浴びました。

弁明を行うはずの参議院決算委員会を『寄席を理由に』欠席したので自民党内部からも反発が起こり辞任をすることに。

政務次官の在任期間は僅か36日でした。

その後信条の違いを理由として、自民党も離党しました。

著書も多数ありまして

  • あなたも落語家になれる
  • 人生成り行き談志一代記

などが有名です。

 

2代目司会者:前田武彦

1969年11月、それまでの初代司会者・立川談志の降板の後を受け、司会に就任、翌年12月まで務めました。

『笑点』のテーマソング作曲は『こんにちは赤ちゃん』で有名な中村八大さんですが、実はこの曲の歌詞は前田さんが作詞したものでした。

今もお茶の間で親しまれている『笑点』のテーマソング実は歌詞入りだったんですね!

この歌詞入りテーマソングは前田さんが司会の1年の間だけ使われたそうです。

この頃の録画や録音は無く、どこにも残されていませんでした。

ちなみに番組放映開始当初は『笑点音頭』がテーマ曲として使われていたそうです。

 

3代目司会者:三波伸介

伊東四朗、戸塚睦夫と『てんぷくトリオ』で活躍されていた方です。

当時『びっくりしたなぁもう』のギャグはお茶の間で大受けしていたそうです。

司会を務めるきっかけは

  1. 『てんぷくトリオ』で『笑点』札幌公演にゲスト出演していた。
  2. その時司会の前田さんが飛行機の欠航で来られず、しかし開演しなくてはならない状況だった。
  3. 急遽ゲストの三波伸介さんが司会を代行して好評だった。

これが理由だったそうです!

司会に就任後は持ち前のキャラクターを大いに発揮して『笑点』を盛り上げました。

「三波伸介の凸凹大学校」テレ日番組収録翌日の1982年12月8日、自宅で倒れているのを家族が見つけました。

救急車で病院に運ばれましたが『解離性大動脈りゅう破裂』により急逝しました。

52歳という若さでした。

 

4代目司会者:三遊亭圓楽 (5代目)

1955年2月に6代目三遊亭圓生に、入門29歳の1962年10月に真打に昇進して5代目三遊亭圓楽を襲名しました。

1965年『笑点』の前進に当たる『金曜夜席』のテレビ放送が始まり出演し、翌年1966年にテレビ放送が始まった『笑点』では初回から大喜利回答者として出演しました。

この頃の別名として星の王子様を持っていた人気落語家でした。

その当時の写真を見ると王子様というにふさわしい雰囲気はあります。

ただ少し顔が長く『笑点』仲間の間では馬面と言われて、笑いのネタで使われていたそうです。

 

5代目司会者:桂歌丸

1936年(昭和11年)、横浜市南区真金町で生まれました。

1947年(昭和26年)当時15歳で五代目古今亭今輔に入門しました。

その後四代目桂米丸門下に移り、桂米坊の名を名乗った後に、1960年(昭和39年)に桂歌丸と改めたそうです。

1968年(昭和47年)に真打ちに昇進。

「笑点」では、放送開始時から「大喜利」のメンバーとして出演当時の人気者として活躍しました。

平成18年には、五代目三遊亭円楽さんの後を引き受けて5代目の司会者に就任。

約10年間にわたってテレビ『笑点』の司会を務めました。

歯切れのよさと巧みな舞台回しで『笑点』人気をさらに高めた功労者ともいえますね!

晩年は病気がちで「体力の限界」を理由に2016年4月30日『笑点』の司会を引退しました。

2018年7月22日81日『慢性閉塞性肺疾患』のため死去しました(享年81歳)。

 

6代目司会者:春風亭昇太

昭和34年12月9日静岡県静岡市清水区(旧清水市)で生まれました。

趣味は城郭見学や浮世絵観賞だそうです。

しゃべる途中、呂律がうまく回らないという師匠の春風亭柳昇と同じような欠点があります。

逆にそれを自虐ネタにして『カミカミ王子』を使ったのも大物の表れだったと思います。

大河ドラマに出演したり、バンドを組んでトロンボーンを演奏したりしています。

本業以外に多くの趣味を持っていることで歌丸師匠に認められ『笑点』メンバーになりました。

『笑点』50周年のあと桂歌丸が勇退し、司会に春風亭昇太が抜擢されたのは意外でした。

それまでの予想では、六代目圓楽が次の司会者だと誰もが思っていました。

 

笑点の歴代座布団運びを紹介!

笑点の座布団運びと言えば『山田隆夫』さんですよね!

半世紀以上も長く続く人気バラエティー番組の『笑点』、この人気を支える一つが座布団運びです。

司会者や出演メンバーの人気は当然として、ここに座布団の出し入れが加わって『笑点』は成り立っています。

50年以上ですから座布団運びも司会者同様何人も代わっています。

歴代の座布団運びと就任時期を紹介していきます!

歴代座布団運び 名前 就任時期
初代 三升家勝松(桂文字助に改名) 1966 年 5 月 15~1967 年 1 月 22
2代目 石井伊吉(毒蝮三太夫) 1967年  1 月 29~1969 年 11月 2
3代目 三遊亭笑遊(現在は5代目三遊亭円遊に改名) 1969 年 11 月 9~1970年  6 月 14
4代目 小野千春 1970年  6 月 21~1971  年7  月11
5代目 松崎真 1971 年 7  月18~1984 年 9  月30
6代目 山田隆夫 1984  年10月  7~現在

 

初代座布団運び:三升家勝松

1946年東京都江東区生まれました。

1964年4月、6代目三升家小勝に入門し、三升家勝松を名乗りました。

1966年5月、笑点初代座布団運びとして出演しました。

1971年 師匠小勝死去により、談志門下に移籍して立川談平と改名しました。

1980年9月 真打昇進、4代目桂文字助襲名しました。

1983年 師匠談志と共に落語協会を脱退し、立川流所属となりました。

 

2代目座布団運び:石井伊吉(毒蝮三太夫)

1936年(昭和11年)3月31日生まれ。

本名は『石井伊吉(イシイイヨシ)』さんです。

1967年1月に初代座布団運の三升家勝松さんから交代し、座布団運びを務め始めました。

1968年(昭和43年)日本テレビ「笑点」出演中に、立川談志の助言で本名石井伊吉から芸名を改名しました。

立川談志さんの「どうせなら怪獣みたいな名前にしよう」と助言を受け、毒蝮三太夫が誕生しました。

皆さんもカーラジオなどから一度は毒蝮三太夫の独特の毒舌を聞いたことがあると思います。

 

3代目座布団運び:三遊亭笑遊(現在は5代目三遊亭円遊に改名)

三遊亭 笑遊(さんゆうてい しょうゆう)さんは1950年(昭和)25年4月21日生まれ。

本名は北島 元道さんです。

昭和48年(1973年)10月 四代目三遊亭圓遊に入門。前座名「勢遊」

昭和54年(1979年)4月 二ツ目昇進「笑遊」と改名

昭和59年(1984年) 四代目圓遊没後、五代目圓遊門下へ

平成元年(1989年)5月 真打昇進

 

4代目座布団運び:小野千春

小野 千春(おの ちはる、)さんは1951年03月03日に生まれました。

出身は東京都杉並区です。

アイドル 女優としてTBSテレビドラマ『あいつの季節』でデビューしました。

1970年『笑点』の「前武の何でも入門」のアシスタントに起用されました。

1970年  6 月 21には『笑点』で女性初の座布団運びを務めることになりました。

笑点での愛称は「チー坊」でした。

1999年に亡くなりました(享年48歳)。

 

5代目座布団運び:松崎真

松崎 真は1932年5月7日に生まれました。

出身は京都府の元俳優、元自衛隊隊員でもあります。

本名、澤井 一郎さんです。

笑点のプロデューサーの親戚であったことで4代目座布団運びに就任しました。

司会者だった三波伸介の毒舌にも笑みを絶やさず、ときには志願して答えることもあったそうです。

「手を上げて、横断歩道を渡りましょう」のフレーズは流行語にもなりました。

1984年笑点を体調不良により降板したのち、2015年5月死去しました(享年83歳)。

 

6代目座布団運び:山田隆夫

6代目座布団運びの山田隆夫さんは、63歳のベテランでなんと『笑点』メンバーでは2番目の古株なんです。

『司会の圓楽です』で有名な五代目圓楽師匠には特に可愛がられていたようです。

歌丸師匠にも可愛がられていました。

『笑点』は司会が変わるごとに座布団運びも交代するのが慣例でした。

春風亭昇太さんに司会が変わり、ここで交代と覚悟を決めていたそうですが、歌丸師匠の意向で引き続き座布団運びを務めています。

メンバーからのからかいは笑いをとるためのギャグになっていますね!

 

笑点歴代司会者・座布団運びにツイッターの声は

Twitterにはこのほかにも多くの記事が寄せられています。

『笑点』は幅広い世代の人々から人気を得ているのが分かります。

 

まとめ

今回は『笑点歴代司会者・座布団運びを写真付きで紹介!』というタイトルでお送りしました。

笑点はギネスブックにも載る長寿番組で今までに司会者・座布団運びが何人も代わってきました。

そんな今までの歴代司会者・座布団運びを写真付きで紹介してみました。

今回取り上げた皆さんはそれぞれ個性が強く、番組を面白くしてきました。

50年たった今でもテレビ視聴率の上位に毎週ランクインしてるので驚きですよね!

出演者の交代や病気、急逝などがあり番組実施に苦労も多かったようです。

ご愛読いただきありがとうございました。